Keio-Formula.Com NewsMail

vol.43



REVIEW

◎ドライバー

今回もオートクロス&エンデュランスのドライバーを担当させていただき、マシンのポテンシャルを限界まで引き出し、無事チームメンバーの元へ戻すことだけを考えていましたが、エンデュランスでエンジン破損により、リタイヤを期してしまい。その目標を達成することはできませんでした。

去年のマシンの時点で、ドライサンプ化が必要なことを解っていながら、走行試験で大丈夫だったから大丈夫だろうという甘え、妥協により、ドライサンプ化を取りやめた自分の行動を大変後悔し、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

自分自身の考えでは、リタイヤ原因がブレーキランプの不具合であろうと、オイルパンカットによるエンジンの破損であろうと、リタイヤはリタイヤで程度は一緒だと思います。 このリタイヤを進歩などと思わないで、次へとバネとして、トップを狙うチームへと進化してほしいと思っています。

4年間の活動を通して、多くの人たちに支えてもらいました。支えてくれたすべての人たちに感謝します。 表彰台の頂点に立つKeio-Formula.Comの姿のみを期待しています。
ありがとう!!
「過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる」
(元リーダー中村のメッセージより)

(内田)


今年は動的審査までスムーズに進むことができましたが、いざ出走してみると、まだまだ普段の走行不足や、セッティング不足を感じる結果となりました。エンデュランスではエンジン焼き付きでリタイアとなりましたが、帰ってみれば他にも燃料タンクの容量不足などがありました。まだまだ完走するためには色々な部分で認識が甘いと感じました。来年こそ完走してもらいたいです。色々な部分で力不足を感じたエンデュランスとなってしまいました。

(吉村)


三年間ドライバーとしてやってきましたが、大会での走行は今回が初となりました。練習とは違う、大会独特の雰囲気に圧倒されがちでしたが、よい緊張感を持って臨めたと思います。 計測ミスなどいろいろありましたが、自分の力がまだまだであることを思い知らされました。今年は走れる場所が少なくなってしまった関係で、アクセラ、スキッドなど競技で行われる種目の練習を十分に行えなかったのが残念です。

ドライバーが自信を持って出走できるようになるには、やはり走り込むしかないので練習場所の確保は必須かと思います。 私に走る機会を与えてくれた皆様、ありがとうございました。

(桑山)


自工研に入って、初めてカートに乗った日のことを昨日のように思い出すことが出来ます。雨上がりの路面、自分と同じように初めてカートに乗るのに、自分よりも速い人達がいました。今大会で共に戦った3年生ドライバー達です。あのときはカートの楽しさを知るのと同時に、正直悔しい気持ちもありました。

いくつかの要因が重なって今プロジェクトでドライバーに抜擢され、オートクロスを走る機会をもらい、ただ速く走るだけではなく、マシンがより速く走れるよう働きかけたり、マシンからのフィードバックを正確にメカニックに伝える技能といった、ドライバーの新たな一面を見せつけられました。しかし、残念ながらその経験を十分に生かす時間がありませんでした。ドライバーの腕の有無も多少は関係ありますが、マシンの早期シェイクダウンを始め、ドライバーがマシンに慣れるための時間は今後マシン自体の完成度が上がるにつれますます重要になってくると思われます。

正直山田を始め私に目をかけてくれた人達の期待に応えられたかというとそんなことは全くありませんが、私の実感を、後輩達に有益な形で伝えてゆくことが出来ればいいと思います。あ、でも人が足りなかったらまた呼んでね。

(鳥居)


初日の車検に始まり2日目のスキッドパッドまで、今大会中マシンに座る機会を何度もいただき、初年度から本当に貴重な経験を積むことができました。(編者注:車検時は、登録ドライバーの中で最も背の高いドライバーがマシンに座ることになっており、今回は桑原がそれに該当していました。)

自分の競技内容には目を覆うものがありましたが、今回はとにかく走った経験そのものが何より重要であったと考えています。 もちろん、ただ速く走るだけでドライバーは務まらないのでしょうが、とにかく先ずはタイムでチームに貢献できるよう、腕を上げておかなければならないと思います。

メカニックとして、エンジニアとして、ドライバーとして目標とすべき先輩に多く恵まれたのは本当に幸せなことだと、今大会を通じて改めて痛感しました。今大会を最後にチームを去られる先輩も多く大変心細く思いますが、いつかはその穴を埋められるよう精進します。

(桑原)

◎リーダー総評


Keio-Formula.comは、総合22位で第5回全日本学生フォーミュラ大会を終えました。

KF-05 プロジェクトは2006年4月から、当時2年生だった私達を中心に始動し、第4回大会の悔しさをバネに、2007年3月の茂木で行われる試走会でのシェイクダウンを目標に、本格的に製作をはじめました。11月にフレーム製作を予定していましたが、足回りの設計に不備があり、製作を延期し2月にフレーム製作を行いました。更に、製作を本格的に行う春期休暇は機械科実習室がアスベスト除去工事のため利用できませんでした。そのため、3月の試走会の参加を辞退しました。その後、設計のミスや部員の減少などで設計が遅れにおくれ、2007年夏休みの富士の試走会がシェイクダウンとなりました。設計が遅れましたが、部品の完成度は高く、昨年のような大量の部品作り直しはありませんでした。2007年8月下旬の茂木の走行会では、エンデュランスに相当する距離を走行することができました。

大会では、前日の日中に移動し、初日は静的審査の合間をぬって昼ごろに技術車検に合格しました。しかし、2度あることは3度あるといいますが、3年連続で騒音試験に引っかかってしまいました。毎年騒音試験に引っかかり苦労してきただけあり、さまざまな対策を講じることができ、なんとか初日中に騒音試験をパスすることができました。

2日目は、動的審査であるアクセラレーションとスキッドパッドが朝から始まり、午後にはオートクロスが行われました。動的審査開始前にブレーキテストに合格することができ、先手必勝作戦でアクセラレーションとスキッドパッドに順に出走し、午後にはオートクロスを無事走りきりました。

3日目の午前中は、午後に出走順が回ってくると思われるエンデュランスに備え、プラクティスで練習走行を重ねました。そして午後二組目にエンデュランスを走ることになりました。ファーストドライバーのヨシムラは練習不足にもかかわらず56秒台(トップ校53〜54秒)という好タイムで走りきり、セカンドドライバーの内田に交代しました。しかしながら、走行途中でエンジンを焼きつかせてしまい、残念ながらリタイヤとなってしまいました。全競技完走を目標としていたため、最後の最後でこのような結果となり残念でした。

4日目は、チーム史上初のデザインファイナルに出場しました。時間ぎりぎりまで準備に奔走し、緊張のなか、初日のデザイン審査の反省を生かした発表を行うことができました。その結果、デザイン審査4位を獲得することができました。その後、炎天下のなか表彰式が行なわれ、残念ながら当チームは一度も表彰台に上ることができませんでした。しかし、デザイン審査4位という好成績にも見られるように、設計・部品製作に関してはトップチームとの差が確実に縮まっているという手応えを感じました。

今年の活動でネックとなったのは、人だと思います。サークルで人材を適材適所に配置する難しさ、設計締め切り、パーツの製作締め切りを守らせる難しさ、おそらく企業でも同じ難しさがあるとは思いますが、これらの解決が今後の課題だと感じました。

最後になりましたが、このプロジェクトをご支援していただいた全ての皆様に御礼申し上げます。本当にありがとうございました。今後とも、温かいご声援、支援よろしくお願いいたします。また、このプロジェクトを通して、大学の授業では到底得ることのできない、貴重な体験をすることができ、メンバーそれぞれが飛躍的に成長することが出来たと思います。「一年かけて、自分達の想像した車を製作し、走らせる」これだけでも十分、意味のある活動ですが、一年間本気でやるのだから、来年こそは、表彰台に登れるようがんばります。

(山田)